後川蛍茶湯─闇に溶ける一碗の光
「川床をつくったので、蛍を見ながらお茶会ができないか」
今年度より後川の地域おこし協力隊となった平松崇史さんから、
そんな夢のような相談をいただいたのは、一週間前のことでした。
急な話でしたが、尾藤社中のみなさんにご無理をお願いし、「後川蛍茶湯」というかたちで
実現へと動き出しました。


「畳を敷けたらもっと静けさが生きるかもしれない」
「昇陽窯さんの花留の花瓶を借りられたら…」


小さな願いがひとつずつ叶っていき、思いを同じくする方々の手で、
静かに、場が整えられていきました。


陽が落ちるとともに、川面からひんやりとした夜気が立ち上り、
20時前には闇がすっかりあたりを包んでいました。
新月の夜。空にも地にも光はなく、ただ川のせせらぎと、
茶筅を振るかすかな音だけが、静かに耳を満たします。

闇の中に、ふと、やわらかな光がひとつ。
その光はすぐにもうひとつ、蛍たちがゆらり、ゆらりと、まるで夜空に浮かぶ言の葉のように。
その光景はどこか夢の中のようで、目を開けたまま見る幻とも言えるものでした。
茶碗の中に浮かぶ湯気さえ、蛍と同じ命を宿しているように見え、
音なき音、言葉なき会話が、そこかしこで交わされていたような。
人と自然と、静けさと、お茶と。


すべてがふんわりとひとつに溶け合う、まるで時が止まったかのような夜でした。
ご参加くださった皆さま、準備にご尽力くださった方々へ、心より御礼申し上げます。
この夜の記憶が、皆さまの心のどこかに、ほのかに灯り続けますように。